大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1955号 判決 1966年12月26日

控訴人 三輪礼二

右訴訟代理人弁護士 藤田良昭

被控訴人 Y1

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 高橋吉久

同 田代三千雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し各自金二、一五七、四〇〇円及びこれに対する昭和三八年一一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、

一、被控訴人らが亡Bの相続人として自分らのために相続が開始していることを知らなかったと認定すべき証拠はない。相続放棄の申述期間の起算点を相続開始の時期より後にずらすことは相続制度の本質に鑑み極めて慎重でなければならないから、軽々しく法の不知を認定することは相続制度を根底から覆えすことになる。結婚した娘でも子のない場合は親も相続人であること位は、もはや社会の常識であり、まして被控訴人Y1は金融業その他数々の事業を経営して指導的立場にある人物であり被控訴人Y2も旧制女子専門学校を卒業し婦人会等にも関係する女史であって、被控訴人らは豊中市でも有数の資産家であるから、右の程度の一般常識すらもなかったとは到底言い得ない。もしかかる程度の常識もなかったのであれば相続放棄の制度も知らなかった筈である。

二、被控訴人らは亡Bが訴外Aと婚姻届を了していないことを十分知っていたものであり、且つ亡Bが多額の借財を負担していたことも承知していたものであるところ、亡Bの死後被控訴人Y2からAに対して「Bの借金の返済をします。」と一言話があっただけで極めて冷淡な態度を持して来たのであるが、控訴人から本件訴状による請求を受け苦しまぎれに相続放棄の手続を取ったものであって、被控訴人らは自己のために相続が開始していることを知らなかったものではなく、単に控訴人から債権の請求を受けることを予想していなかったものに過ぎない。

と陳述し、≪証拠省略≫を援用したほか、

原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、被控訴人らの長女Bが昭和三六年三月二五日死亡し、同女には配偶者及び直系卑属がなかったので直系尊属たる被控訴人らのために相続が開始したこと、控訴人が昭和三八年一〇月一七日到達の内容証明郵便を以て被控訴人らに対し、被控訴人らが亡Bの債務を相続により承継したとして貸金等合計二、四三七、二九五円の支払を催告したことは、当事者間に争がない。

二、そこで被控訴人らの相続放棄の抗弁について判断する。

被控訴人らが昭和三八年一二月二三日大阪家庭裁判所に対し亡Bの相続放棄の申述をなし、昭和三九年四月三〇日右申述が受理されたことは当事者間に争がないところ、被控訴人らは前記内容証明郵便の到達により初めて自己のために相続が開始している事実を知った旨主張するのに対し、控訴人はこれを争うので判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人らの長女B(昭和八年三月三一日生)はもと豊中市で両親と同居していたが、昭和二九年頃上京し映画女優などをしていたところ、昭和三五年一一月二六日映画監督Aと結婚式を挙げて事実上の夫婦となり、東京都渋谷区櫻ヶ丘のアパートで同棲生活をしていたこと、Bは右結婚前から洋裁店を営んでいたがその経営が思わしくなく数百万円に上る多額の債務を負担するに至りその処理に苦しんでいたこと、被控訴人らはBの死亡当時、同人が未だ婚姻の届出をしていなかったこと及び多額の債務を負担していた事実を察知していたこと、Bの死亡当時残された積極財産としては僅かな身廻り品があっただけで同女の妹とAがこれを引取ったのであるが、その債務の処理については債権者と被控訴人らとの間で何等の話合もなされなかったこと、被控訴人らはBの死亡後約二年半を経過した昭和三八年一〇月一七日に至って初めて突然控訴人からBの債務の支払請求を受けたものであること、被控訴人Y1は明治三一年八月一五日生れで旧制商業学校を中退し戦前松竹や新興キネマの常務をしたことがあり戦後は土地建物の売買等を業とする○○商事株式会社の代表取締役をしていること、被控訴人Y2は明治四〇年二月一四日生れで旧制女子専門学校家政科を卒業しY家へ嫁したのちは専ら家事に専念していたことが認められ≪証拠判断省略≫(る)。

以上認定の事実、殊に被控訴人らがBに多額の負債があることを知り乍ら死後その処理につき何等の対策をも講ぜず直ちに相続放棄の手続もとっていないことと、前掲被控訴人両名本人尋問の結果によれば、被控訴人らは前記内容証明郵便による請求を受けるまでは法律上自己においてBの多額の負債支払責任を承継したものであることを知らず、即ちBの死亡により同女の権利義務一切の承継者として自己のために相続が開始していることを知らなかったものであり、右請求により初めて右事実を知り、前記のとおり相続放棄の申述をなしたものであることが認められ、被控訴人らの経歴地位職業等に照しても未だ以て右認定を覆えすに足りない。

そうすると被控訴人らは自己のために相続の開始があったことを知った時から三ヶ月以内に相続放棄の申述をなしたものであるから、右申述は有効である。

三、してみると、被控訴人らが相続によりBの債務を承継したことを前提とする控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であり、よってこれを棄却した原判決は正当であるから本件控訴は理由なしとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 奥村正策 畑郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例